私が矯正歯科医として歩む道
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私が矯正歯科医として歩む道
「あ、お父さーん、ちょっと小遣いちょうだーい!」
2001年9月の終わりの朝。まさか、この一言が父と交わした最後の言葉になるとは思いもしませんでした。
私が矯正歯科に興味を持ったのは幼い頃です。父は祖父の代から続く歯科医院の二代目で、三人兄弟の中で唯一、当時まだ珍しかった矯正歯科を専門に選びました。幼い私は、父が私に作ってくれた床矯正装置を友人に自慢し、「普通とは少し違う歯医者さん」に憧れを抱くようになりました。
大学に入学すると、父を知る先生方との出会いもあり、自然と矯正歯科医を志すようになりました。しかし、大学院時代の私は決して真面目な学生ではありませんでした。研究より遊びを優先し、収入もないため、父に小遣いを頼る毎日。「お父さーん、ちょっと小遣いちょうだーい」が父との挨拶のようになっていました。父はそんな私を責めることなく、いつも温かく見守ってくれました。
大学院4年の秋、その父が突然倒れました。母から何度も電話があったにもかかわらず、遊びに出ていた私は最初の電話に出ませんでした。帰宅すると父は心肺停止の状態で倒れており、必死に蘇生を行いました。救急搬送され、一時は心拍も戻りましたが、「脳幹梗塞」による重篤な状態で、自発呼吸は望めないとの説明を受けました。もし最初の電話に出ていれば――その後悔は、今でも私の中から消えることはありません。
その後は、病院と大学、父の診療所を行き来する慌ただしい日々が続きました。家族で話し合った末、人工呼吸器を外す決断をし、父を看取りました。葬儀を終えた翌日には東京での学会発表も控えており、多くの先生や先輩方に支えられながら、何とか発表を終えることができました。あの経験を通して、人は一人では生きていけないこと、そして多くの方々に支えられていることを痛感しました。
大学院修了後は、そのまま父の診療所を継ぎました。一般的な勤務医として経験を積む時間は十分ではありませんでしたが、その分、講習会や学会に積極的に参加し、知識と技術を磨き続けてきました。現在は大阪歯科大学や京都歯科医療専門学校で非常勤講師も務め、後進の指導にも携わっています。
父を突然失った経験は、その後の私の人生を大きく変えました。あの日の後悔があるからこそ、私は「当たり前の毎日」が決して当たり前ではないことを知りました。
そのため診療では、歯をきれいに並べるだけでなく、患者さん一人ひとりの不安や悩みに耳を傾け、十分に説明し、ご納得いただいたうえで治療を進めるように心がけています。
矯正治療は数年にわたる長いお付き合いになります。その間には、期待だけでなく、不安や迷いが生じることもあります。だからこそ、「この先生になら何でも相談できる」と思っていただける存在でありたいと考えています。
また、医療は日々進歩しています。私自身、今でも学会や講習会で発表し、学び続け、新しい知識や技術を取り入れながら、より安全で質の高い治療を提供できるよう努めています。
父から受け継いだのは診療所だけではありません。患者さん一人ひとりに誠実に向き合う姿勢です。その想いを大切にしながら、これからも皆さまに安心して治療を受けていただける矯正歯科医であり続けたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。